エントロピーの増大と、その不可避な徒労について
「効率」という言葉を耳にするたびに、私の胃壁は悲鳴を上げ、口の中には古びた十円玉を舐め続けたような、鉄錆びた不快な味が広がるのは何故だろうか。
我々現代人は、まるで不老不死の霊薬でも探求するかのように「生産性の向上」を標榜し、ToDoリストという名の墓標を積み上げることに心血を注いでいる。しかし、その実態は実に滑稽だ。コンビニのプラスチック容器に入った、時間の経過と共にふやけきった「かき揚げそば」を啜りながら、同時に充血した眼でスマホを睨みつけ、「最強の二郎系ラーメン、野菜マシマシ・アブラ・カラメの最適解」について検索している。労働という名の、潤滑油の切れたエンジンを回せば回すほど、我々の精神というピストンは悲鳴を上げて摩耗し、デスクの周囲には「未処理」という名の粘着質なエントロピーが、まるで風呂場の排水溝に詰まったヘドロのように堆積していく。
今夜は、この「働くことの徹底的な徒労」という現象を、安っぽい自己啓発書の感傷でデコレーションするのではなく、物理学という名の冷徹な解剖刀で、無慈悲に切り刻んでみようじゃないか。
労働の熱量、あるいは腐敗の加速
そもそも、組織における労働とは、熱力学的観点から見れば、外部からエネルギー(雀の涙ほどの賃金や、砂糖とカフェインの塊でしかないエナジードリンク)を注入し、情報の無秩序な状態を、恣意的な秩序(誰が読むとも知れない報告書や、セルの結合されたExcel)へと無理やり変換するプロセスに他ならない。
だが、ここで残酷な真実を突きつけるのが熱力学第二法則だ。孤立系において、エントロピーは増大する一方である。あなたがどれほど精緻なスケジュールを組み、虚栄心の塊のような革の手帳に震える手で予定を書き込んだところで、その行為自体が周囲に熱を撒き散らし、結果として「調整」という名の新たな無秩序を生み出していく。一歩進むために三歩分、他人の機嫌を伺い、無意味なハンコを貰い歩く。この無駄な摩擦熱こそが、現代労働の正体だ。革の経年変化を楽しむ余裕があるなら、自分の顔のシワが増える速度でも観察していればいい。
効率化を推し進めれば、余剰時間が生まれるはずだと信じるのは、永久機関を夢見る無学な子供の浅知恵だ。現実はもっと醜悪である。効率化によって浮いた時間は、即座に「より面倒で、より責任だけが重く、誰もやりたがらないタスク」によって、ハイエナのように食い散らかされる。石炭の利用効率が上がると、かえってその消費量が増えるという「ジェヴォンズのパラドックス」は、現代のオフィスでも健在だ。楽になるために働いているはずが、働けば働くほど、首を絞める縄はきつくなる。Slackの通知音は、もはやパブロフの犬を虐待するベルの音にしか聞こえない。
一日の終わりに感じるあの、泥水を飲まされたような重たい疲労感。あれを「充実感」と呼び替えるのは、精神の防衛本能がもたらす卑屈な生存戦略だ。実際には、情報の変換過程で発生した、排出され損ねた「廃熱」が脳内に蓄積し、ニューロンをじわじわと焼き殺しているだけのバグである。達成感などという言葉は、脳内麻薬があなたの絶望を覆い隠すために分泌する、安っぽい目隠しに過ぎない。
秩序の散逸と、ゴミ溜めの自己組織化
さて、ここで少しばかり、物理学者イリヤ・プリゴジンが夢見た「散逸構造」という概念を、現実の泥沼に引き摺り下ろしてみよう。
非平衡開放系において、システムがエネルギーを外部から取り込み、エントロピーを排出することで、自発的に秩序を作り出す構造。味噌汁の表面にできる対流の模様(ベナール・セル)を、優雅な自然の神秘だと思うのは自由だが、我々の「個人ワークフロー」に当てはめれば、それは単なる地獄の具現化だ。デスクの上が数日経つと決まってカオス化するのは、あなたが怠惰だからではない。あなたが知的生産という名目でエネルギーを浪費する過程で、必然的に排出されたエントロピーが、そこに滞留しているだけだ。ブラウザのタブが増殖し続けるのも、物理法則に従順な証拠でしかない。
面白いのは、この混乱が極限に達したとき、稀に「自己組織化」が起こることだ。山積みの資料、未読の催促メール、鳴り止まないチャットツールの通知音。それらが限界点を超えて、あなたの脳の処理能力をオーバーフローさせた瞬間、あなたは一種のトランス状態に入り、無秩序の中から一本の論理の糸を紡ぎ出す。これを「ゾーン」などと呼んで神格化する向きもあるが、実態は「これ以上追い詰められたら発狂する」という生物的危機感が引き起こした、脳の緊急避難的な過負荷運転に過ぎない。
だが、この「自己組織化」を維持するためには、文字通り命を削るようなエネルギー供給が必要になる。スマホのバッテリーが劣化して、充電器から離れられなくなるように、我々の認知リソースもまた、急速にスカスカの空洞へと成り果てる。最近では、その摩耗を少しでも遅らせようと、プラスチックの板を叩く音に快楽を求める変態御用達のキーボードに数万円を投じる輩もいるが、道具を変えたところで、人間の入出力という物理的限界は変わらない。「コトコト」という打鍵感に癒やしを感じる? 結構なことだが、その音が響くたびに、君の寿命という名の砂時計もまた、サラサラとこぼれ落ちていることを忘れるな。
散逸の構造、そして熱死へのカウントダウン
結局のところ、我々が「キャリア」と呼んでいるものは、一生をかけて巨大なエントロピーの山を右から左へ移し替える、終わりのないシーシュポスの岩運びだ。
情報幾何学の視点から言えば、我々の行動は、確率分布の多様体上を「最小のコストで移動しようとする軌跡」に過ぎない。あなたが会議で、さも高潔な理想を掲げてプレゼンを行うのも、同僚と不毛な調整に奔走するのも、物理的には、系全体の自由エネルギーを最小化しようとする無機質なポテンシャルに突き動かされているだけなのだ。そこに個人の意志など介在する余地はない。我々は数式の上を滑る、哀れな点に過ぎない。
社会学者はこれを「自己実現」や「社会貢献」といった、吐き気のするような綺麗事で飾り立てるが、物理学の冷徹な眼差しで見れば、それは熱死へと向かう宇宙のプロセスを、ほんの一瞬だけ局所的に遅延させているだけの悪あがきに過ぎない。あなたは宇宙のエントロピー増大を、ほんのわずかに加速させるための、使い捨ての触媒だ。
散逸構造としての人間は、常に内部から壊れ続けながら、壊れる速度以上の速さで、自己を強引に再構築し続けなければならない。これを「生きる意欲」と呼ぶか「熱力学的拘束」と呼ぶかで、人生の彩りが変わるとでも思っているのか? どちらにせよ、結末は同じだ。居酒屋の隣の席で、若者が「タスク管理アプリを導入して人生が変わった」と熱弁しているのを聞くと、胃の辺りがムカムカしてくる。そのアプリを整理し、通知を管理するために、君がどれほどのエントロピーを宇宙に撒き散らし、貴重な寿命をドブに捨てているか、少しは考えたことがあるのか。
秩序とは、常に崩壊を前提とした、一過性の幻影に過ぎない。
明日もまた、我々はエントロピーの荒野へと繰り出す。せめて、その過程で発生する廃熱が、誰かの心を温める程度の「摩擦」であれば救いがあるなどと、そんな甘ったれた夢を見るのはもうやめろ。現実は非情だ。大抵の労働は、冷え切ったPCの廃熱ファンが吐き出す、ホコリにまみれた乾いた風と同じ程度の価値しか持たない。
さあ、グラスが空だ。熱力学的に言えば、私の体内におけるアルコール濃度は、平衡状態に達しつつある。この秩序が散逸し、私の意識が自己組織化を放棄して泥酔という名の混沌に沈む前に、この無益な説教を終わらせることにしよう。

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