歪曲する労働

前回、私は貴様らの貴重な時間を「デジタルの砂」に変えてしまうスマートフォンの醜悪さについて説いた。諸君はあれから、己のスクリーンタイムという名の死亡診断書を直視し、少しは絶望しただろうか。深夜、ブルーライトに焼かれた眼球で虚空を見つめ、指先だけが次のドーパミンを求めて痙攣する。その無様な姿こそ、現代の労働者が置かれた真の地平だ。そして夜が明ければ、達成感などという安っぽい麻薬を求めて、To-Doリストという名の賽の河原で無意味な石を積み上げる日々が再開される。

ビジネスの世界では、生産性や効率化という言葉が、あたかも救済の呪文のように唱えられている。PDCAを回せ、GTDを実践せよ、優先順位をマトリクスで管理せよ……。笑わせるな。書店に平積みされたビジネス書に書かれたこれらの戯言は、すべて貴様らの脳が「平坦で均一な紙」であるという、めでたい妄想の上に成り立っている。だが、現実はどうだ。貴様の脳内は、整理整頓された方眼紙などではない。それは使い古され、熱で変形したフライパンの焦げ付きのように、ひどく歪み、不均一に湾曲した非ユークリッド空間なのだ。

停滞:内臓への過負荷と、空転する労働

まずは、駅前の不衛生な店で提供される「全部乗せの二郎系ラーメン」を想起せよ。空腹という生物学的な初期衝動に従い、貴様は最短経路で満腹感という報酬に到達しようとする。しかし、食券と引き換えに目の前に現れるのは「食事」ではない。それは、暴力的なまでの背脂の凝固物、山脈のように堆積したもやし、そして血圧を急上昇させる塩分の塊――すなわち、内臓が処理すべき「過剰なタスク」のメタファーそのものだ。一口啜るごとに食道を焼く熱量、膨満感に悲鳴を上げる胃壁、そして食後に訪れるインスリンショックによる意識の混濁。これはもはや、栄養摂取という目的を完全に逸脱した、身体というハードウェアへの虐待であり、拷問に近い過負荷試験である。

現代のホワイトカラーが直面しているのも、これと全く同じ「脂ぎった地獄」だ。朝一番に受信トレイを埋め尽くす数百件の未読メール、生産性の欠片もない定例会議、上司の機嫌を伺うためだけに存在する報告書作成、そして絶え間なくスマートフォンを震わせるチャットツールの通知音。これらを一つの「タスクリスト」という平坦な場所に並列に書き出すこと自体、数学的な冒涜と言える。貴様らはそれらを「1、2、3……」と単なる整数の個数でカウントしているが、脳にとっての負荷は、決して線形ではない。一つ一つの仕事が持つ「認知的な粘り気」は異なり、それらが不規則に混ざり合うことで、貴様の脳という処理装置は、過積載による熱暴走寸前の状態にある。「やる気が出ない」などという低俗な精神論にすり替えて自分を責めるのはやめたまえ。それは、バッテリーがパンパンに膨張し、爆発寸前のスマートフォンに対して「気合で通信しろ」と命じるような、救いようのない無知の極みだ。ハードウェアの限界を無視した精神論は、滑稽を通り越して哀れでさえある。

歪曲:ぼったくりバーの伝票と、歪んだ空間

ここで、情報幾何学という名の「冷徹なメス」を脳髄に入れよう。フィッシャー情報行列などという言葉に怯える必要はない。要するにそれは、歌舞伎町の路地裏にある「ぼったくりバーの時価リスト」のようなものだ。あるパラメーター――例えば「集中力の残量」や「締切までの残り時間」――が僅かに変化した際、貴様の脳内の確率分布という「状態」がどれほど激しく揺さぶられるかを示す尺度に過ぎない。

我々がタスクを遷移させる際、そこには物理的な距離ではなく、認知的な「情報の落差」が存在する。慣れ親しんだルーチンワークから、未知のクリエイティブな課題へと移行することは、ユークリッド空間(平坦な世界)の住人には単なる「次の項目」への移動に見えるかもしれない。しかし、情報幾何学的な「タスク空間」においては、それはエベレストの断崖絶壁を素手で登攀するほどの、絶望的な距離があるのだ。これがリーマン計量である。貴様の脳内では、場所によって空間が異常に引き伸ばされ、あるいは極端に圧縮されている。直感的な距離感は、ここでは全く役に立たない。

この「曲がった空間」において、真の最短経路とは直線ではない。「測地線(Geodesic)」と呼ばれる、空間の歪みに逆らわず、最もエネルギー消費を抑えて滑り落ちるルートのことだ。泥酔したサラリーマンが、駅のホームで吐瀉物を避けながら千鳥足で進む、あの一見非合理な軌道こそが、その場の制約下における最適解であるように。しかし、世の中の効率化信者どもは、この歪みを無視して定規で引いたような直線を走ろうと足掻く。だからこそ、彼らは「所有欲を満たす」などという甘言に踊らされ、高級なシステム手帳を買い漁るのだ。たかが数枚の紙を、死んだ牛の皮で包んだだけの物体に、数万円もの大金を投じる。その手帳に「美しいフォント」で予定を書き込み、エイジングだの経年変化だのと皮の変色を愛でることで、脳内の歪みを矯正できると信じ込んでいるらしいが、笑止千万だ。その「牛の死皮」にどれほど整然としたスケジュールを刻もうと、貴様の認知空間が非線形に引き裂かれているという厳然たる事実に変わりはない。

散逸:熱力学的破滅と、泥酔の勧め

結局のところ、貴様の脳というシステムは、熱力学第二法則の呪縛から逃れることはできない。タスクを無理やり「整理」しようとするたびに、局所的にはエントロピーが減少したように見えるかもしれないが、その代償として脳の周囲には莫大な「廃熱」が放出される。一つのプロジェクトに執着し、測地線を無視して無理な直進を続ければ、系全体の熱量は跳ね上がり、やがてニューロンは焼け焦げる。これが巷で「燃え尽き症候群」と呼ばれる現象の、物理的かつ不可避な正体だ。

諸君が血眼になって取り組んでいる「効率化」や「環境整備」の正体は、実際にはこの散逸過程を、より高価な燃料を使って加速させているに過ぎない。例えば、シリコンバレーの幻想を売りつける人間工学に基づいた高機能オフィスチェア。メッシュの座面に30万円以上の金を払い、1ミリも動かずに作業を続けることが正義だと教え込まれているようだが、滑稽という他ない。どれほどランバーサポートが腰を支えようと、どれほどリクライニングが滑らかであろうと、タスク空間の歪みが物理的に解消されるわけではないのだ。それは、沈みゆく泥舟の特等席を確保し、シャンパンを片手に優雅に沈没を待っているようなものだ。椅子の反発力で姿勢を正したところで、貴様の脳内で進行する不可逆的なエントロピー増大は、神ですら止めることはできない。

結論などない。救いもない。我々にできるのは、自分の脳が今、いかに醜く歪んでいるかを冷徹に観察することだけだ。計量が壊れ、計算が捗らないときは、空間そのものが死んでいるのだ。無理に歩を進めるな。測地線が見つからないなら、さっさとその場を立ち去り、安物のアルコールで脳というハードウェアを物理的に麻痺させるがいい。ノイズだらけの情報の海を泳ぎ切るには、精密な計算よりも、案外その程度の「バグ」を意図的に引き起こす方が、生物としての生存戦略としては正しいのかもしれない。

早く帰れ。そして、二度と私の前に「効率化」などという寝言を持ってくるな。

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