散逸の作法

熱力学的徒労

社会や組織、あるいは「公共」と呼ばれるものが、堅牢な石造りの神殿のように見えているならば、それはあなたの視覚野が正常性バイアスという名の白内障に侵されている証拠だ。物理学の冷徹なメスを入れれば、それらはイリヤ・プリゴジンが喝破した「散逸構造」以外の何物でもない。穴の空いたバケツに水を注ぎ続け、その水位が一定に保たれている瞬間を「秩序」と錯覚しているに過ぎないのだ。

我々が血税や労働という名の低エントロピー資源を注ぎ込み、維持しようとしているこのシステムは、放っておけば瞬時に崩壊し、熱平衡という名の死へ至る。駅前の立ち食い蕎麦屋を想像してみるといい。前の客がこぼしたツユで汚れたカウンターを、店員が不機嫌そうにダスターで拭き取る。その束の間の「清浄」な状態。次に誰かが七味をぶちまけるまでの、わずか数十秒の秩序。それが公共性の正体だ。我々は、常に汚れ続けるテーブルを拭き続けるためだけに、人生という時間を雑巾のように絞り出している。

摩擦と体臭

この散逸構造を維持するためのコストは、数字上の予算だけではない。「摩擦熱」として、我々の神経を直接焼き尽くしに来る。満員電車に乗ったことがあるか。湿度90%の密室で、他人の生乾きのシャツが腕に張り付き、換気扇からは淀んだ空気が循環するあの地獄だ。隣の中年男性から漂う、安っぽい整髪料と昨晩のアルコールが酸化した臭いが鼻腔をレイプする時、あなたは「社会の構成員であること」の対価を支払っている。

人間が「マナー」や「公共心」と呼ぶものは、崇高な道徳ではない。この不快な摩擦熱を最小化するために脳が弾き出した、哀れなほどの演算結果だ。脳科学における自由エネルギー原理に従えば、脳は予測誤差(サプライズ)を嫌う。道端にゴミが落ちていない状態を好むのは、美意識からではない。予測モデルにノイズが混じると、その処理にカロリーを使うからだ。我々は単に、脳のバッテリー消費を抑えるために「善き市民」を演じているに過ぎない。

馬鹿みたいに。

隣人の生活音に殺意を覚え、行列への割り込みに血圧を上げる。それらは全て、システムのエントロピー増大に対する生理的な拒絶反応だ。我々は、自分が快適に惰眠を貪るための環境維持コストを、他者に押し付け合っているだけなのだ。

形式美とインクの染み

この放熱システムの中で最も滑稽なのが、官僚制という名の儀式だ。彼らはエントロピーの増大を防ぐふりをして、実際には「手続き」という名の膨大な熱を生成している。例えば、コンビニのレジ袋を有料化し、プラスチック削減を謳う一方で、その裏では一枚の稟議を通すために何百枚ものコピー用紙が消費され、シュレッダーの刃を摩耗させている。

この欺瞞的な儀式には、相応の小道具が必要になる。空調の効きすぎた会議室で、中身のない合意形成文書に署名する瞬間を見てほしい。そこでは、実用性など欠片もない、重厚な樹脂と貴金属の塊が崇められている。デジタル署名で済むはずの承認行為に、あえて歴史ある最高級の万年筆を用いることで、彼らはその空虚な行為に「重み」という物理的な質量を与えようとするのだ。ペン先が紙繊維を削り、インクが不可逆的に染み込むその物理現象だけが、唯一の「仕事をした」という証拠になるからだ。

40万円近い筆記具で書かれるのが、「前例踏襲」の四文字だとしたら、これほど贅沢なアイロニーもないだろう。だが、そうやって無駄な装飾を施さなければ、誰もがそのシステムが無意味であることに気づいてしまう。だからこそ、権威という名のメッキが必要なのだ。

闖入者(イントルーダー)

しかし、どれほど堅牢にシステムを構築し、高級なペンで境界線を引こうとも、デリダの言う「到来する他者(L’arrivant)」は、常に計算の外側からやってくる。それは、我々が想定する「良識ある市民」ではない。日曜の昼下がりに微睡んでいる最中、けたたましく鳴り響く生命保険の勧誘電話であり、レジで小銭をぶちまけて列を止める老人であり、言葉の通じない異邦人だ。

彼らは、こちらの都合などお構いなしに、システムに土足で踏み込み、バグを引き起こす。技術者はこれを「ノイズ」として処理し、排除しようと躍起になる。顔認証ゲート、信用スコア、ブロック機能。現代社会は、この「予期せぬ他者」を視界から消し去り、無菌室のようなフィルターバブルを作り上げることに全力を注いでいる。

だが、皮肉なことに、完全にノイズを排除したシステムは死ぬ。外部からの撹乱がない閉鎖系は、エントロピーが最大化した状態で安定し、二度と動かなくなるからだ。我々が日々感じる「生きづらさ」や「面倒くささ」こそが、この巨大な散逸構造を駆動させる燃料なのだとしたら、これほど救いのない話もない。

朝、洗面所の排水溝に詰まった他人の髪の毛を指でつまみ上げる時の、あのぬるりとした不快感。あれこそが、世界と接続している唯一のリアルな感触だ。我々は、その汚泥を直視しないために、スマートフォンという発光体に逃げ込み、綺麗な嘘でコーティングされた情報を貪り続けている。

帰りたい。どこへ? そんな場所は最初から存在しないのに。

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